重ね地図で見えてくる、東京の姿

時代スライダーで現代から江戸へ・明治へタイムスリップ!
武士の最後の時代、明治維新から近代化へ、江戸から東京へ大シャッフルされた都市の変遷をたどります。

両国橋のたもとにあった両国広小路は、その後の都市計画で京葉道路ができ、現在は痕跡すら無い。

現在は百貨店の「伊勢丹」はもともと神田明神下に、「松屋」は神田連雀町にあった。

尾張藩の上屋敷は明治時代に陸軍施設となり、現在は防衛省に。その土地形状は江戸時代から変わっていない。

江戸時代、火事で消失した町は町ごと移転させられ、また別の町名が立ち上がった。

「百人町」の町名は、江戸幕府の組織「百人組」の屋敷があったことに由来している。

目黒競馬場の跡地には、コースの一部が現在も道路として残っている。

江戸に出入りする街道筋には、品川・新宿・板橋・千住という宿場町があり、これを四宿といった。

昔の渋谷・新宿・池袋は田畑が多く、土地権利者が少なかったのも、その後の都市計画による発展の一因。

神保町が書店街・学生街になったのは、明治時代に私塾が多くあったことに由来する。

赤坂溜池はかつて、船を使って渡るほどの大きさだった。

『日本歴史地名大系』(平凡社)データ収録

地名研究・地域史研究の全成果を結集した平凡社の『日本歴史地名大系』における約3000の町村名のデータを収録しています。江戸の城下町とこれを取り巻く町村の名だけでなく、主な寺院・神社、河川・街道、中世城館跡・考古遺跡から橋や坂と、あらゆる地名で江戸・東京の歴史を溯ります。

標高地図を重ねると、東京の町の形成がわかる

国土地理院の地形図と重ねることで、東京のいたるところにある崖や坂、窪地などの地形をわかりやすく表示できます。地図と地形の関係から人々の暮らしや叡智が見えてきます。

各藩の上屋敷、下屋敷など江戸藩邸の所在地もわかる

全国約300にわたる藩の屋敷の情報ほか、約1万4千件にわたるスポット情報が検索できます。

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